ろんだん佐賀

新型コロナ3つの顔

2020.04.20

負のトライアングルを防げ

「戦後最大の危機」となった新型コロナウイルスの急速な感染拡大。この数か月で急速に社会や個人の価値観が変わった。日本国民誰もがこの時代の潮流に追いつくのに必死になっている。そしてはけ口のように、感染者に対して「なぜ、いま移動したのか」と糾弾をし、私はその構図を見るたびに心が痛んでいる。前回のこの場では「次はダイバーシティの実践について述べる」と書いていたが、前言撤回し、この未曽有の事態について書きたいと思う。

新型コロナウイルスには3つの顔があるといわれる。1つ目は「病気そのもの」である。このウイルスの感染経路は、接触感染(感染者がくしゃみや咳を手で押さえた後、自らの手で周りの物に触れ、他者がその部分に触れることで感染すること)と飛沫感染(感染者のくしゃみ、咳と一緒にウイルスが放出され、他者がそのウイルスを吸い込んで感染すること)がある。感染すると症状が軽い人が殆どだが、重症例や命を落とすことも稀ではなく、その割合(致死率)はインフルエンザよりも高い。2003年に流行した同じコロナウイルスであるSARSウイルスと比較すると、致死率は低いとされるが、SARSは患者数8千人で終息を迎えたのに比べ、新型コロナウイルスは、現在も毎日7万人規模で感染者が増加しており、その広がりは「感染爆発」の一歩手前として猛威を振るっている。

2つ目の顔は「不安」である。新型コロナウイルスは、流行期や症状など一定の予測がつくインフルエンザと比べ不明な点ばかりだ。人は得体の知れないものに怯える。さらには、専門家や最前線の医師が苦慮している姿を連日のように報道で目の当たりにし、不安は増大する。その中で私たちは少しでも当たり前に近い日常を進めるために、物事を選択していく。これは想像以上にストレスであり、時に冷静な判断をできなくしてしまう。

最後は「偏見」。見えない敵への不安から、敵をすり替えウイルス感染に関わる人や感染者を嫌悪の対象とし、偏見・差別することだ。病院勤務者や特定の地域の住人を避け、感染者を過度に非難していないだろうか。それは医療者の使命感と職業意識を減退させ医療崩壊を助長するばかりでなく、感染者がこのような仕打ちが怖くて受診をためらい、出勤をし、結果として病気の拡散を招くことにも繋がってしまう。

病気が不安を呼び、不安が差別を呼び、差別が更なる病気の拡散を呼ぶという負のトライアングルを防ぐためにできることはなんだろうか。既に言われている「手洗い」「咳エチケット」「STAY HOME」はもちろん、過度に降ってくる情報を冷静に捉える、ウイルス関連の情報を遮断する時間を作る、今の状況だからできることを模索し視野を広げること、また、医療従事者・大切な家族や社員や県民を守るために奮闘している人・日々予防に努める人に加え、感染者として治療を受けている人・濃厚接触者として自宅待機をしている人々に対してもねぎらいを示すことである。敵はウイルスだ。場外乱闘しても仕方ない。

新型コロナウイルスは社会を大きく変え、収束してもおそらく元に戻ることはないだろう。今は次に始まる新しい時代を一筋の光として期待しつつ、自分にできることを考えたいと思っている。

 

佐賀新聞 2020年4月19日付 掲載

>>コラム一覧へ戻る