ろんだん佐賀

ワクチン疫学の魅力

2020.10.05

安全性と有効性の両輪を目指して

10月より、乳幼児の胃腸炎の原因となるロタウイルスを予防するワクチンが「定期接種」となり、原則無料となる。これまでのロタウイルスワクチンは「任意接種」として、保護者は接種するかを自分たちで決め、総額3万円前後を負担していた。これがほぼ無料になるのだから、乳児の保護者にとっては待ちに待った朗報だ。

ワクチンの目的は治療ではなく予防であり、元来健康な人に薬液を投与する点で他の医療行為と異なる。更に興味深いのは、個人の感染予防という目的だけにはとどまらず、多くの人が接種をすることで感染症のまん延を防止する(集団免疫)という社会的な意義も伴っているところだ。今回のロタウイルスワクチンの定期接種化、すなわち国が費用負担をするという判断も、臨床医、基礎研究者、疫学者、製薬会社、行政がそれぞれの専門的見解を打ち出しながら重ねられてきた熱い審議の結果だ。そして、実はこのワンチームの一端に、佐賀県の研究が関与している。今日はこの研究の紹介をしたい。

話はロタウイルスワクチンが日本で発売された8年前にさかのぼる。小児科医の私は「先生、このワクチン、本当に打った方がいいですか?」と幾人もの母親に質問された。値段に見合った効果があるのか、副作用は大丈夫なのか、当然の疑問だ。しかも、ロタウイルスワクチンの接種時期は生後2か月であり、母親は慣れない育児に奮闘した満身創痍の状態で、接種をするか否かの判断を迫られていた。一方で私はというと、これらの疑問に胸を張って答えることができずにいた。アメリカでは効果が高いという論文を読んでも、日本人も同じとは限らない。国内臨床試験(発売前試験)で効果を認めたという論文を読んでも、現実的な条件下でも同じ効果なのかわからない。調べれば調べるほど懐疑的になり、日本の乳幼児にロタウイルスワクチンは本当に効くのかを調査するしかこの気持ちは解消できないと腹をくくった。

そこから、佐賀県の小児科開業医の先生方の協力を得て、2年間かけ1500名の患者さんを登録し糞便を集めた。ワクチンを接種した人・しなかった人、ロタウイルス胃腸炎と診断された人・されなかった人をそれぞれ分け、最終的に点滴や入院を要する重症のロタウイルス胃腸炎には、ワクチンを接種することで97%の予防効果があると解析した。これを日本で初めてのロタウイルスワクチンの有効性として報告したところ、専門家に高く評価頂き、今回の定期接種化に係る参考資料の1つにも取り上げられている。

もちろん、定期接種化は転換点でしかない。もしかしたら子宮頸がんワクチンのような社会的混乱が待っているかもしれない。それでも目の前の患者さんに正確な情報を伝えたい一心で始めたことが、自分の知らない誰かの役に立つのかもしれないと考えるだけでワクワクする。そして何より患者さんや各病院のスタッフの協力があってこそ成立した研究であり、感謝をしてもしきれない。

現在日本で接種可能なワクチンは約20種。その1つ1つに各専門家の尽力や臨床現場の協力というドラマがある。これから加わるコロナウイルスワクチンもまたストーリーを紡いでいくだろう。安全性と有効性の両輪が動き出すにはもう少し時間がかかると思うが、しっかり見届けていきたい。

 

2020年10月4日付の佐賀新聞 掲載

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