ろんだん佐賀

アンコンシャス・バイアス

2020.12.28

十人十色の事情に意識を

先日、別の部署の女性が、生まれて半年ほどの小さくてかわいらしい赤ちゃんを抱え、私に声をかけてきた。「育児休暇を終えて来月から職場復帰します。フルタイムです。今日はその挨拶にきました。」と。私は思わず、「時短勤務を選択できなかったの?」という言葉を口にした。彼女の職場はとても忙しい。保育園のお迎えに間に合うのだろうか、最初から頑張って後からきつくならないだろうかと、とっさに思ったからである。すると彼女は、「やっぱり早まりましたかね…」と不安そうな顔をみせた。

みなさんなら、どう声掛けをするだろうか?「こんな小さな子供を預けるなんて可哀そう」「自分の時代は育休など取れなかった」「あなたがそんなに頑張ったら、次に復帰する人がしんどくなるかもしれないよ」いろんな回答があると思う。それはきっと、自分の今の立場や過去の経験・習慣で得た情報に基づくものではないだろうか。

近年、ダイバーシティに大きく影響する話題のテーマとして、「アンコンシャス・バイアス」という概念に関心が高まっている。日本語で「無意識の偏見」と訳され、自分自身が気づいていないものの見方や捉え方の偏りのことだ。「偏見」と聞くとつい悪いイメージを持ってしまうが、人間なら誰しも持つ優秀な「脳の省エネ」機能の1つだ。

私たちは五感を使って一度に大量の情報を取得している。人間が1秒間に取得する情報は何と1100万件。脳はその膨大な情報を処理するために「無意識下で」経験則によるパターン認識を行い、適切な「判断」や「理解」に導いていく。アンコンシャス・バイアスはその過程で生じ、便利なショートカットの役割を果たしている。問題は、自分が持つ「無意識のバイアス」に気が付かないまま、こうであると決めつけてしまい、時として相手を傷つけたり、モチベーションを下げてしまうことだ。それはハラスメントの増加や組織のパフォーマンスの低下など様々な弊害を生み出してしまう。一人ひとりの価値観や事情が多様化していく時代、相手にとって自分の考えが当てはまるとは限らない。自分が持っている無意識のバイアスに気付き、時には自分の確信を疑い、決めつけや好みで発言していないかを常に意識することが大切だ。

冒頭の話に戻ると、私は育児と仕事の両立は難しいという自分の考えから、復職をする彼女に対してペースダウンを促してしまった。しかし、個々の事情は十人十色。本人の仕事への意思、周囲の協力、子供の性格…様々なものが絡み合って同じものはない。一緒に仕事をするものとして大事なのは、まずは彼女の判断を受入れ応援すること、もし壁にぶつかることがあればいつでも相談にのるし軌道修正も可能であることを伝えておくことだったのだと思い直し、そう伝えた。

さて、今回で私がかく「ろんだん佐賀」は最後となる。1か月半ごとにテーマを探し、それに関連した多くの本や論文、新聞を読み漁った1年だった。付け焼刃だと嘆きながらも、振り返ればたくさんの知識を自分の中に蓄えることができた。このような自分の意見をアウトプットできる場を設けて頂けたことは、本当に贅沢な機会であり感謝してもしきれない。この経験を糧として、これからも教育者として医師として、佐賀や大学のために精進していきたい。

2020年12月27日付の佐賀新聞 掲載

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